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団塊世代のアニメブームの今日【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

三丁目の夕日の団塊世代が呼んだアニメブームの今日まで


三丁目の夕日での団塊世代の少年が導いた週間漫画雑誌ブームは1970年代に少し落ち込みましたが

1980年半ば、漫画に目ブームは息を吹き返します。

1985年、漫画産業は再び活気を取り戻し、漫画の市場規模は3260億円に達し、特にレディスコミックが急成長した年です。

『りぼん』は200万部雑誌となり、『週刊少年ジャンプ』は平常号が400万部という数字をたたき出した。

1986年、講談社・集英社・小学館の三社が占める漫画雑誌市場シェアが71.4%に達し、漫画産業の独占携帯が進みました。

特に少年週刊誌は『週刊少年ジャンプ』の一人勝ちとなっていたました



これは『キン肉マン』『キャプテン翼』『北斗の拳』『ドラゴンボール』などなどへの人気作品の交代と、これらの作品のアニメ化の成功でダントツになったのです。

また日本経済新聞社による『マンガ日本経済入門』は200万部を超えるベストセラーとなり、漫画の持つ力が娯楽の分野だけでなく教育分野まで進出。



これまでの専門書などの本による門からより親しみやすく分かりやすい漫画と学習が結びついてきたのでした。

このことにも団塊世代は深くかかわっていると思えます。

彼らは子供時代から、大学卒業までアニメ文化の中にどっぷり使っていて

思考がアニメを通じて始まる文化を形成してしまっていたからだと思います。

その後今日まで、読む文化の中での漫画アニメの位置はますます大きくなってきたといえます。

キン肉マンII世(8)

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三丁目の夕日 団塊世代のアニメブーム【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

三丁目の夕日 団塊世代が導いたアニメブーム

団塊世代の小学生時代(一平・淳之介)が火をつけたアニメブームの変遷

週間漫画雑誌とアニメ文化を支えたのは団塊世代だと思います。

1958年以後アニメはどんな発展を遂げたかを見るのも興味深いと思います。
前回60年代のアニメ時代に触れましたので

1970年代団塊世代の学園紛争のころです。

1977年、劇場映画『宇宙戦艦ヤマト』が8月6日-10月28日の上映期間に270万人を動員し、興行収入21億円という空前のヒットを記録、



1978年、漫画単行本・雑誌の総販売金額は1836億円、出版物全体の15%を占めるまでに拡大。

漫画の消費速度が上がり、次々に読み捨てられていくようになっていきます。

1979年、松本零士の『銀河鉄道999』の劇場版映画公開に合わせ、国鉄によりイベント列車が運行されて、

その切符の競争率が70-80倍にも及び、漫画の影響力の大きさが拡大します。

これをきっかけとして漫画とタイアップした企画され、漫画家の活躍の場が広がり、『ヤングジャンプ』が創刊され、創刊号がたちまち売り切れたことが話題となった。

1980漫画ブームは終わり、少年週刊誌の発行部数は前年比-8.6%、少女週刊誌も-7.1%と部数を落とした。

少年週刊誌ではブラック・ジャックが連載を終えたことで『週刊少年チャンピオン』でも部数減になる。

ブラックジャック 第1巻”Black Jack 1”


漫画コミックの苦戦時代が来たのです。

このことにより出版社の編集者が漫画政策に直接タッチするようになり、原作者と漫画作家という分業体制が始まったのです。

とにかくアカ本といわれて一段下の立場だった漫画アニメが出版業界の重要な商売になったのでした。

その読者は巨大なマーケットを形成する団塊世代であったことは間違いない事実でした。

学園紛争に走る学生の手にアニメが握られるという面白い時代になったのです。

マルクスからアニメへの転換、これが70年代から80年前半の状況でした。

この時代のアニメ
タッチ
キャプテン翼〜小学生編
機動戦士ガンダムTHE ORIGIN(15)
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三丁目の夕日団塊世代の未来【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

三丁目の夕日 団塊世代が見る未来の日本

三丁目の夕日ですごく印象的なシーンがあります。

淳之介は学校で一平や同級生から「ガリベンめ」といわれて作文を取り上げられ

一平がそれを読むシーンが印象的なのです。

そこには、淳之介が描いた未来の日本があり


空中の高速道路を自動車や電車が縦横に走っている想像の世界がありました。

私が鉄腕アトムで見た、手塚治の巣像の世界とまったく同じでしたが・・・


淳之介が空想した作文のアイディアを茶川がパクッテ(盗作)して出版社に送ってしまい、それが雑誌に掲載された出来事です。

茶川が盗作を認め、原稿料を渡そうとするのですが、
そのことを淳之介はとても喜び、掲載されたことを茶川の小説だと尊敬するのです。


鉄腕アトム 手塚治虫/作



昭和30年代、団塊の世代はまだ子供でしたが、私の世代(高校生)より上の世代は具体的に未来の日本を夢見ていたのでした。

1970年(昭和45年)大阪万博が開かれたとき、淳之介の描いた未来は確かな手ごたえで現実のものになりつつありました。

その足音の予言的象徴として三丁目の夕日が描く東京タワーがあったのです。

団塊の世代の一平にも淳之介にも未来の日本の豊かな発展が感じられる幸せが待ち受けているいると感じたのでしょう。

一平も淳之介もこの映画の後日談として語るなら、

この団塊の世代独特の、圧倒的に人数の多い競争に対して

教室も足りない先生も足りない中、むしろ一番学習したのはこの世代の特徴でもありました。

先日、日本の子供の学力低下がはっきりデーターで出ましたが、

この世代はないないづくしの中懸命に学習したのです。

そして職場こそ自分の未来として働き、世界の2番目に経済の豊かな日本を作り上げたのでした。

1960年代になって

1962年には、講談社が週刊少年マガジンと月刊なかよしから、マンガ雑誌の週刊少女フレンドを発刊、

翌63年には、月刊りぼんを出していた集英社が、これを総合雑誌週刊マーガレット

これによって、少女誌も週刊時代に突入するが、少年誌同様のベテランマンガ家だけでなく、

読者の感覚に近い若手を積極的にスポ根企画ものなどに登用し、テレビアニメ路線を拡大した。

すなわち、1968年には、集英社が週刊の少年ジャンプを創刊し、マーガレット同様の若手登用と、徹底した読者アンケートによるサドンデス方式を採り、永井豪や本宮ひろ志などの多くの戦後第二世代マンガ家がテレビアニメに対して雑誌社の主導権を握る。

なかでも、原爆の悲惨さを描いた『はだしのゲン』は、異色作でした。

この世に少年少女は漫画とアニメ文化の真っ只中に入っていきます。

活字より、直接的な漫画アニメでの志向回路が出来上がっていくのです。

三丁目の夕日も原作は漫画ですし、漫画又は劇画の世界から映画化される今日的状況はこの時代に基礎が築かれたといえますね。

アニメは団塊世代が導き、特殊な文化を創造したといえなくもないでしょう。



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三丁目の夕日と週間漫画雑誌【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

三丁目の夕日時代に週間漫画雑誌の登場

三丁目の夕日で茶川がなりわいの一部とする少年雑誌の冒険小説

1958年から週間少年雑誌が登場しました。

その頃は、紙芝居屋が全国に五万人を数えていました。

週間単位のテレビの普及とともに、週刊誌が次々と出され、

1959年には、講談社から少年マガジンが、小学館から少年サンデーが、子供向けの週刊誌として登場しました。

しかし、当初は、子供のこづかいで買える価格ではなく、経営的に安定しない。

また、赤本において、すでにまとまったストーリーのマンガが登場していたにもかかわらず、この週刊マンガ雑誌において、紙芝居的な連載形式へ逆行するのです。

すなわち、それは週10枚程度の話を、人気に応じて無限に続けなければならないものであり、逆に人気が無くなればすぐに打ち切りとなる仕方でした。

だから茶川の身分も作家という立場ではありませんでした。

茶川が出版社に前借をを申し出て断られるシーンがありますが、

この当時の少年雑誌の作者達は身分が不安定であったことがわかります。

純文学を目指すこの映画の茶川などのような作家達が子供の夢の世界を書いている状況だったのです。

手塚治も人気漫画家でありましたから、この種の週間雑誌にはそんなに書いていません。

この後の少年漫画雑誌の隆盛はまだわからない時代でもあったのです。

それはともかく団塊世代は週間漫画雑誌で育っていくのです。

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三丁目の夕日 三種の神器【団塊シニアのタレントとシニアの未来】


三丁目の夕日 団塊世代の一平と淳之介

三丁目の夕日から一平と淳之介ら団塊世代の少年時代が日本の前向き時代の出発点になっていたことを当時の三種の神器や遊びから見てみましょう

何よりこの映画がうまいなと思えるのは、冷蔵庫が鈴木オート(一平の家)に来る運びです、

氷を入れる旧式の冷蔵庫、氷屋が入れるまでに氷が融けた冷蔵庫

開けるともらい物の貴重なシュークリームが腐ってしまって、捨てるようにいわれた六子(鈴木オートの従業員)が始めて見た物だからと食べてしまう

食あたり、そんなくだりがあって冷蔵庫がとどく

電気冷蔵庫に顔を入れたり、その冷気を顔に引き込んだりして感動するシーン

いかにもどこにでもあった三種の神器が到着した風景です、

次にテレビが届くシチュエーション

街のほとんどの人が鈴木オートに集まり

まるでお祭り騒ぎの中、プロレスの力道山の空手チョップが映る

団塊世代が電化製品い囲まれる少年時代が訪れ、

力道山を代表とする日本人の自立経済への方向性が訪れた空気が力強さを伝えました。

また、路地での遊びにフラフープがちゃんばらごっこに変わろうとしていました。

多様な娯楽、エンタメがテレビや遊び道具からやってきたと思いました。

そして最後に残る、この下町のコミュニティーの人情、叙情が支えていることを三丁目の夕日は伝えます

この後高度成長経済とともに、このコミュニティー(下町共同体)がすごい勢いで崩壊していきます

それを最も推進するのが、一平たち団塊世代なのですが、

まだこのときは、一平も淳之介も3種の神器の喜びに浸る時代でした。

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三丁目の夕日は団塊世代【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

三丁目の夕日の一平と淳之介は団塊世代の少年

三丁目の夕日の、一平も淳之介も小学校の高学年かなとイメージで団塊世代の少年です。

芥川賞を目指す茶川竜之介(吉岡秀隆)が生活のために書いている少年雑誌の冒険小説がこの年くらいから発売されたのです。

この時代、この種の雑誌が売られていたのが、茶川が経営(?)している駄菓子屋などだったようです。

私が小学6年位には、少年を言う月間誌だったのが、この年から週刊誌になったのです。

当時の駄菓子屋の姿は

営業時間は子供らが遊び歩く「日の出から日没まで」で、

その一方で商店がその家の居間と障子一枚隔てて隣接している事も多く、午後7時前後までは営業している場合もありました。

店そのものが住居との差異が不明確だったのである。

店先の精々3畳程度の土間には、商品陳列用の棚が設置されていたほか、店の中央に置かれた木箱の上にも、商品や菓子などの入った箱やビンなども見られ

それに天井から下げたフックに引っ掛けられて販売されている商品も少なくなかったようです。

三丁目の夕日の舞台となる茶川商店はそれを見事に再現していました。

茶川商店.jpg


店先につるされたクジとその景品、そのクジは小さな短冊状の紙で

1枚引いて水に浸すとスカとかアタリとか字が浮かぶ(あぶり出しの水版)

店主がスピードクジを作るという簡単なくじ引きで

そういえば私の町にもあった、記憶が帰ってきました。


一平の時代その路地の駄菓子屋が子供の社交場でもあったのですが、

少年習慣雑誌の登場、駄菓子屋で何か買えるおこずかいが親からもらえる時代が訪れたことが分かります。

三丁目の夕日の背景にいつも出てくる東京タワーの建築風景

だんだんそのタワーが高くなっていく姿は、

この時代が次第に経済的に豊かになっていくことを示しているのでしょう

一平や淳之介の団塊世代は私達が飢餓の少年時代をすごした時期を乗り越えて

それなりに豊かさを取り戻しつつある日本の状況と共にあったのです。

この映画の最後ごろの重要なストーリー

クリスマスプレゼントがサンタクロースにより子供達の枕元に置かれる

そんな時代が登場した、明日の豊かさが実感できる団塊世代の意識が形成される時代のポイントがそこにありました。

ラストシーンで東京タワーが完成して夕日に輝くシーンは


この後の日本の経済成長を指し示しているのです。

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不都合な真実 地球温暖化【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

不都合な真実   地方の映画館で2回目見ました

不都合な真実、午前中、ある会社の社員食堂のグリストラップの浄化実験を検証に行きました、

ところが次の約束が急に変わり、夕方になったので、時間が出来てしまったのです。

どうしようか、帰るには時間の無駄だし、コーヒーを飲みながら考え

携帯で、近くの映画館の情報を見ると、約束場所の町

草津市の映画館「不都合な真実」やっているではありませんか

それも、ちょうど約束時間の30分前に映画は終わります。

神が命じたのかもしれません

2度目の映画鑑賞となりました。

「瞬間的にアメリカ合衆国大統領、アル・ゴアです」

のジョゥクともいえないジョウク

事実彼は大統領だったのです。

あのフロリダか開票で、何が行われたのか(投票箱のすり替え)

そのことはほとんどみんな知っている、公然の秘密です。

それでもアル・ゴアは、ブッシュに負けたことを宣言しました

「不都合な真実」

不正が行われても、アメリカ人がそれを選択した民意を理解したからでした。

JFK(ジョン・F・ケネディ)暗殺もアメリカ人は

その不都合な真実を知っていると私は思います。

歴史は、真実をそのときその時選択するとは言えませんね

「不都合な真実」の2回目観賞は

最後まで席を立たなかったことは

アルゴアが大統領選で敗れ、次の道に絶望感を持ったにもかかわらず、

地球温暖化問題の講演を世界中で続けることを決意したこと

彼の姉が喫煙により肺がんで若くして他界したこと

それも、父親がタバコ畑を経営

自分も子供時代から、その農場で栽培や取り入れを手伝うのが当たり前で楽しみだった

父親が娘の死により、それをやめたことなど、

そのエピソードが、

「不都合な真実」を今日も伝え続け、今日も小さな地方映画館で上映されている事実なのだと思いました。




まずこの本をお勧めします




そしてぜひ映画「不都合な真実」見てください。

もしよければ私のライフワーク「環境と微生物」のページもご覧ください
よろしくお願いします。


私が推薦する古典映画も
 よければクリックしてください。ここからリストページにご案内いたします








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三丁目の夕日時代の僕

三丁目の夕日 当時の僕の作文

三丁目の夕日を見て自分の生きてきた時代の作文を書きました。

ALWAYSとは「いつものように」とか「ずっと永久に」などの意味を含んだ言葉です。

三丁目の夕日のラストで鈴木オートの親子が夕日を見る場面があります。

夕日がとてもきれいだと見続ける両親に、息子の一平が
「夕日は、今日だけでなく明日も、そして50年たってもきれいなもの」

との言葉で第1作が終ります。

そんな叙情のとらえ方を、私は昭和ロマンと呼びたいのです。

三丁目の夕日で芥川賞、芥川竜之介が主題になっていました。

吉岡秀隆ふんする茶川龍之介を見ているうちに自分の子供時代を鮮やかに思い出したのです。

ちょっとあつかましいのですが作文を淳之介君のように書いてみました。

昭和30年代でなく、昭和20年戦後まもなくのことです

龍之介のトロッコの一部
「小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行った。工事を―といったところが、唯トロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。
 トロッコの上には土工が二人、土を積んだ後に佇んでいる。トロッコは山を下るのだから、人手を借りずに走って来る。煽るように車台が動いたり、土工の袢天の裾がひらついたり、細い線路がしなったり――良平はそんなけしきを眺めながら、土工になりたいと思う事がある。」(芥川龍之介 トロッコより)

私の思い出体験ー

こんな田舎に鉄道を敷くために、線路工事の工夫さんがトロッコを押しながら少しずつ線路を敷設して、その状態などをチェックしていたんでしょう。龍之介の主人公良平と同じように、トロッコを押させてもらうのがなんとも嬉しく、誇らしく思えたんです。
平坦な場所になるとトロッコに乗せてくれます、時間を忘れて押しては乗りを繰り返して、終点に着きました。工夫さんたちの工事小屋なんです、それは自宅から数キロ(当時1里と言っていましたね)の小野谷と言う峠でしたがそこに着くと工夫のおじさんが「ごくろうさん、はよ帰らな日が暮れるで」と言うんです。

私としてはその人たちも駅まで帰るものだとばかり思っていたので、びっくりしてしまいました。

「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」
「あんまり帰りが遅くなるとわれの家でも心配するずら」

 良平は一瞬間呆気にとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途はその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、――そう云う事が一時にわかったのである。良平は殆ど泣きそうになった。が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜をすると、どんどん線路伝いに走り出した。
(龍之介 トロッコより)

もう本当に暮れかけていました。

連れて帰ってとも言えず、心細いまま黙って枕木につまずいたりしながら走り出しました。どんどん暮れていきます、多分秋でした。

田んぼで籾殻を焼く煙があちらこちらでたなびいています、夕暮れはそれこそつるべ落としどんどん暗くなってきて、大声で泣きながら走りました。

1時間はかかる距離です、走ると言っても石ころと枕木ですから、つめから血が出るは、転ぶやで散々でしたが、痛いとはちっとも思いません、それより暗くなる恐怖がどんどん膨らんで、怪獣かなんかが襲ってくるという錯覚と言うより現実感が充満したのを今も思い出します。

このときの記憶で一番心で観たものは、やっと自宅に近くなって「山上」という集落の上に来た時、下の集落が何時もの風景でただ夕暮れ迫る風景、田んぼで野焼きする煙が上に昇らずサアーっと横にたなびく煙の風景でした。

「サアーっと」横に流れる不思議に美しい煙を見た初めての経験でした。

転んで傷だらけ、爪もはがれて血だらけ、転んで破れた衣類など何の記憶もありません。
後で母親や兄弟たちが、同情どころか
「何であほなことをしたのか」「どんなに心配したのか」
そんな言葉でした。

でも今日でも覚えているのは、あのときの心細さと、煙が上にだけ行かない煙を下に見ればすごいきれいなもの、それは記憶というより目の底に今でも焼きついています。


突然思い出した、個人的な記憶をあつかましくも芥川龍之介の小説を引き合いに出して書いてしまいました。
でも本当に、トロッコの良平は自分自身だと思ったのです。
だから多めに見てお許しください。

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追伸
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チャングム【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

宮廷女官チャングムの誓い」チャングムの恋人チ・ジニが来日


「宮廷女官チャングムの誓い」のミン・ジョンホ役で、アジアのトップスターとなったチ・ジニが来日した。

ラブストーリーからアクションまで芸域をどんどん広げているチ・ジニの素顔を探った。 

記者会見が大幅に遅れ、その後のインタビューもこれで7社目。疲れているはずだ。だが、ピシッと背筋を伸ばしてやさしい笑顔を絶やさない。

 李氏朝鮮時代の宮廷に仕えた女性の半生記「チャングム〜」は昨年NHKで真夜中みていました。

ミン・ジョンホは甘いマスクの文武両道の役人で、主人公のチャングムを陰で見守り、彼女が窮地に陥ると必ず助けに現れ手くれる都合のいい美男子でした。  

 

彼の来日で、「宮廷女官チャングムの誓い」を

改めて思い出しました。

チャングムの誓い

このドラマで好きな女優がいました

     
キム・ヨジンは梨花女子大 ドイツ語独文学科 卒業の才媛だということです。

偶然演劇『女は何で生きるのか』を見に行き団員募集の広告を見て、その場で演劇の道に入る事を決心したという。

人にはその人の運命を決める何かがあるのだと強く感じます。


チャングムの先生的役割、腕はあっても宮廷医女にはならない役どころ。

そんなことはどうでもいいことですが、彼女のちょっと市原悦子を思わせる風貌と演技に惹かれます。


もう少し話ます韓国のドラマは、丁度日本が自立しようとしていたとき映画が描いたテーマと同じように思います」。

しっかりした構成と歴史的な事実の基づいた人間の描き方

そんな意気込みを作る人たちの気持を感じます。

とにかく丁寧なドラマつくり

いいです。

王に拝謁するチャングムもそうですが、重臣たちの配置や座り方

なんていうか、そんなに上下を感じられません。

日本の天皇の臣下、ましてや平民などとの謁見の状況と比べるとその違いを感じます。

本当にその情景をそのまま再現しているとしてですが・・・

今日の日本の園遊会風景は違いますが。

           
「三人の女性造は、成宗の母昭恵王后臓仁粋大妃1437-1504臓、燕山君の継母で、中宗の母貞顕王后臓1462-1530臓、中宗の継妃で、・宗の母文定王后臓1501-1565臓で造る。文定王后に就いては、以前、拙稿を提出し造ので省略する臓「李朝仏教信仰の一断面―文定王后造普雨―」『日本仏教学会年報』巻六七 二〇〇二年臓が、これらの王室女性の動向を例にして信仰の造り方を追跡する。即ち成宗没後の仁粋大妃造燕山君の関係、或いは、中宗造造の母で造る貞顕王后の仏損。或いは中宗が没するや・宗の母造して、仏教復興を推進し造文定王后など、いずれの場孫も妻臓王妃臓造しての女性は・対的に弱い立場に造るが、母臓大妃臓、祖母臓王妣臓造しての女性は王を凌ぐ実権者造して振る舞う。」中島志郎 花園大学先生論文より

このドラマの皇太后は貞顕王后なのでしょうか? 

いずれにしても学者様のお書きになる文章は分かりにくい。

チャングムの時・にです。

この時代は豊臣秀吉が朝鮮に攻めいった時代ですね。

チャングムの恋人 ミン・ジョンホが「倭人」討伐を少し話す部分がありました。

李朝時代です。

でもんな時代実証は関係なくドラマは作られていて、そのことが人間ドラマになって受けたのだと思います。

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続三丁目の夕日 【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

続三丁目の夕日 観客の涙

続三丁目の夕日、封切りしてまだ3日目に映画を見るなんて40年ぶりでした。

平日の午後2時半分くらいの入りです、そして昼間でもあったからでしょうが年配の観客が70%を占めていたようでした。


東京オリンピックの開催が決定し、高度経済成長に沸く昭和34年の春。

夕日町三丁目の鈴木オートに(この映画の中心家族)鈴木則文(堤真一)鈴木トモエ(薬師丸ひろ子)小学生の一人息子鈴木一平(小清水一揮) 、親戚の美加(小池彩夢)がやって来る。
スキヤキは牛肉ではなく豚肉、家に風呂はなく銭湯通いという庶民的な暮らしに、お嬢様育ちの美加は事ごとに不満を言う。

一方、駄菓子屋の店主にして作家もどきの茶川竜之介(吉岡秀隆)は、捨て子同居人淳之介(須賀健太)と貧しいながらも仲良く暮らしていた。

ところが、淳之介の父親・川渕(小日向文世)が再び現れ、息子の将来が心配だからと連れ帰ろうとする。

茶川は、淳之介に人並みの生活をさせるから、もう一度だけチャンスをくれと抵抗、あきらめかけていた芥川賞を再び目指して書きはじめる。

その頃、ヒロミ(小雪)は、茶川を想いながらも、借金返済のためストリッパーとして舞台に立っていた。

前作に続いて、さえない東大出の小説家茶川竜之介(吉岡秀隆)とストリップ・ダンサー石崎ヒロミ(小雪)の古風な恋物語が複線にある。

この二つの家族に起きる事件を近隣の人たちが絡み合う人間模様は昭和30年代のロマンの一つの姿であり、その背景にある東京とその下町の風景、CG(コンピューターグラフィック画面)による再現画面がもう一つの昭和ロマンを伝える主人公でもありました。

そしてこの映画のクライマックス

茶川が芥川賞最終選考に選ばれ、受賞発表に日、鈴木オートに近所の人達が集合、入賞を確信して電話を待つ

電話が鳴る・・・茶川が受ける・・

・・・小さな声で「落選」でつぶやく

シーンとしらけた空気が漂い

そこの来ていた淳之介の父親が茶川の無能を決めつけた時

鈴木オートが「読みもしないで、なにがわかる」

と茶川の小説が掲載された雑誌を淳之介の父親に突き出し「読め」

周囲が唖然・・・鈴木オートが小説など読む人間でなかったのに

ところがトモエが従業員の六子がそして同席したいた人たちが次々雑誌を取り出す

淳之介の父親が読み始めるとき、パトロンに引かされ特急「こだま」で大阪に向かうヒロミが、餞別に渡された袋に茶川の小説があり読み始めていた。

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三丁目の夕日 僕の作文【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

三丁目の夕日 私の思い出作文

ALWAYSとは「いつものように」とか「ずっと永久に」などの意味を含んだ言葉です。

三丁目の夕日のラストで鈴木オートの親子が夕日を見る場面があります。

夕日がとてもきれいだと見続ける両親に、息子の一平が
「夕日は、今日だけでなく明日も、そして50年たってもきれいなもの」


そんな叙情のとらえ方を、私は昭和ロマンと呼びたいのです。

三丁目の夕日で芥川賞、芥川竜之介が主題になっていました。

吉岡秀隆ふんする茶川龍之介を見ているうちに自分の子供時代を鮮やかに思い出したのです。

ちょっとあつかましいのですが作文を淳之介君のように書いてみました。

昭和30年代でなく、昭和20年戦後まもなくのことです

龍之介のトロッコの一部
「小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行った。工事を―といったところが、唯トロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。
 トロッコの上には土工が二人、土を積んだ後に佇んでいる。トロッコは山を下るのだから、人手を借りずに走って来る。煽るように車台が動いたり、土工の袢天の裾がひらついたり、細い線路がしなったり――良平はそんなけしきを眺めながら、土工になりたいと思う事がある。」(芥川龍之介 トロッコより)

私の思い出体験ー

こんな田舎に鉄道を敷くために、線路工事の工夫さんがトロッコを押しながら少しずつ線路を敷設して、その状態などをチェックしていたんでしょう。龍之介の主人公良平と同じように、トロッコを押させてもらうのがなんとも嬉しく、誇らしく思えたんです。
平坦な場所になるとトロッコに乗せてくれます、時間を忘れて押しては乗りを繰り返して、終点に着きました。工夫さんたちの工事小屋なんです、それは自宅から数キロ(当時1里と言っていましたね)の小野谷と言う峠でしたがそこに着くと工夫のおじさんが「ごくろうさん、はよ帰らな日が暮れるで」と言うんです。

私としてはその人たちも駅まで帰るものだとばかり思っていたので、びっくりしてしまいました。

「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」
「あんまり帰りが遅くなるとわれの家でも心配するずら」

 良平は一瞬間呆気にとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途はその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、――そう云う事が一時にわかったのである。良平は殆ど泣きそうになった。が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って附けたような御時宜をすると、どんどん線路伝いに走り出した。
(龍之介 トロッコより)

もう本当に暮れかけていました。

連れて帰ってとも言えず、心細いまま黙って枕木につまずいたりしながら走り出しました。どんどん暮れていきます、多分秋でした。

田んぼで籾殻を焼く煙があちらこちらでたなびいています、夕暮れはそれこそつるべ落としどんどん暗くなってきて、大声で泣きながら走りました。

1時間はかかる距離です、走ると言っても石ころと枕木ですから、つめから血が出るは、転ぶやで散々でしたが、痛いとはちっとも思いません、それより暗くなる恐怖がどんどん膨らんで、怪獣かなんかが襲ってくるという錯覚と言うより現実感が充満したのを今も思い出します。

このときの記憶で一番心で観たものは、やっと自宅に近くなって「山上」という集落の上に来た時、下の集落が何時もの風景でただ夕暮れ迫る風景、田んぼで野焼きする煙が上に昇らずサアーっと横にたなびく煙の風景でした。

「サアーっと」横に流れる不思議に美しい煙を見た初めての経験でした。

転んで傷だらけ、爪もはがれて血だらけ、転んで破れた衣類など何の記憶もありません。
後で母親や兄弟たちが、同情どころか
「何であほなことをしたのか」「どんなに心配したのか」
そんな言葉でした。

でも今日でも覚えているのは、あのときの心細さと、煙が上にだけ行かない煙を下に見ればすごいきれいなもの、それは記憶というより目の底に今でも焼きついています。


突然思い出した、個人的な記憶をあつかましくも芥川龍之介の小説を引き合いに出して書いてしまいました。
でも本当に、トロッコの良平は自分自身だと思ったのです。
だから多めに見てお許しください。

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シニアの今日的映画論

三丁目の夕日 小雪【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

三丁目の夕日 小雪さん

三丁目の夕日の女優小雪さんを見ていて、オーラの泉での

美輪明宏さんの彼女に対するお話を思い出しました。

小雪さんは往年の原節子さんを思わせる本当の女優の登場だと美輪さんは言いました。



そんなことが記憶の隅にあったのでしょうが、

東京物語の原節子さんが小雪さんにダブって見えたのです。

役柄は全く違います、

東京物語の原節子の役柄は夫に先立たれて一人働く戦後まもなくの女性

夫の両親を他の実の子供達が引き取るのを避ける中、東京で向かえて世話をする役柄です、

そして三丁目の夕日の小雪さんはストッパーや居酒屋のママの役柄です

でもその二人に共通するのは、二人にお役柄にあまりリアリティがない事でした。

あまりにも生活の臭いがしないのです

両方とも生活臭が臭う役柄ですが、品がよすぎてにおいがありません。

私は映画にリアリティばかり求めた時代がありましたが、最近は映画の意味はある夢を見させるものでなければならないと考えるようになっています。

だから、このリアリテイのない人がこんな役柄をするから、その愛の表現が透明で美しいものになる

昭和ロマンに大して、見る人が求めるものは、透明で浸み込むような愛の表現なのかもしれません。

「冬のソナタ」が大ヒットしたのもそんなものを求めた結果といえなくもないともいます。

ストリッパーや身を崩した役をそのまま地で出来る女優がいますが、

あまりにリアルで、そのままで、いやな感じがすることも多く

本当の女優の現れるのを期待していました。

小雪さんははじめも出る出身の芝居の出来ない人との偏見を持っていましたが、

今回見て芝居演技を存在そのものが表現する、なんと言っていいのか、

どんな役になっても本性が現れ出てしまう女優だと思えるのです。

そしてその本性が「透明」だと思えるのです。

いい女優がやっと現れたと思いました。

ご本人は、女優は自分に合っていないと言ってはいますが・・・・

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3丁目の夕日 愛【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

三丁目の夕日 ロマンチシズム

三丁目の夕日、見ました。

DVDと劇場と久しぶりに映画館をはしごした気分です。20代の頃年間400本も映画を見ていた時代の戻った気分です。

4年前にこの第1作が評判になったのは知っていたのですが、漫画原作と小雪というファッション上りの女優出演ということで、偏見があったことと映画館と遠ざかっていたこともあって気にもかからなかったのです。

ところが急にこの映画が見たくなったのは、小雪さんがオーラの泉に出たとき、直感的に本物の女優だと感じたのです。(小雪さんのことは別の機会に書きたいと思います)

先ずDVDを借りて一人見てみました、

いきなりの画面CGは自分の子供時代の風景です、



舞台は東京ですから、私の育った田舎町とは違いますが、昭和30年代にあった空気が充満しています。

東京下町の人々、焼け野原殻小さな町を作ってきた隣近所の濃密な付き合いがありました。

何度の出て来る夕日町の路地風景、そこで展開される人付き合い模様。

下町の叙情はすでに忘れてしまった日本人の情でした。

あの葛飾柴又の寅さんの家族と近所との情感とはちょっと違うように感じます

ここには昭和ロマンがある

レトルトの昔を、ただ懐かしむというようなそんな作品ではなかっっとおもいます。

昭和のそれも高度成長前の助け合わなければ生活していけない一種の下町共同体、

近隣の人が強い人間関係を持っていた

ある意味甘ったるいロマン

その空気がいきなり飛び込んできて、DVDの返却日を延長して、

もうその翌日「続三丁目の夕日」を見に行ってしまったのです。

昭和ロマン、漫画は見たことはありませんが、作者のテーマがそこにあるような気がしました。

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アカデミー賞 麻薬【団塊シニアのタレントとシニアの未来】

アカデミー賞 フレンチコネクション

フレンチコネクション

アカデミー賞映画の中で、何度見ても面白い映画のひとつです。

ジーンハックマン扮する“ポパイ”とアダ名されるドイル刑事。彼は捜査のためならば、暴力的なやり方も厭わない。



そのドイルが、相棒のラソー刑事(ロイ・シャイダー)と共に麻薬の売人を逮捕したことから、“フレンチ・コネクション”と呼ばれる大組織の黒幕・シャルニエ(フェルナンド・レイ)のを追い詰めてくスリル満点のサスペンス。

シャルニエが雇った殺し屋ニコリを追い詰める高架橋下のカー・チェイス、ハックマンの乗る車の追いかけっこはむちゃくちゃ面白いし、うまい!

さすが監督 ウィリアム・フリードキン

そして、単なるサスペンス映画というだけでなく、リアリティがありました。

実際にニューヨーク市警麻薬捜査課のエドワード・イーガンとサルヴァトーレ・グロッソがフランスからの密売された麻薬約40kgを押収した事件が物語のモデルとなっているからでしょうが、ドラマの展開にニューヨークの麻薬外の姿が映し出されてより現実感をましていました。

最後にシャルニエを追い詰め、廃墟になった工場でに逃げ込んだ彼を追い詰め、同量刑事を間違って射殺したり、それでも追い詰めていく執念のシーン

ついに追い詰めて「バーン」

ポパイがピストルを発射した所で終る。

謎を残した終り方が次作につながるんですが、このラストに不満も感じさせないほどいい映画でした。

出演者
ジーン・ハックマン ジミー・ドイル (ポパイ)
ロイ・シャイダー バディ・ルッソ (クラウディ)
フェルナンド・レイ アラン・シャルニエ
トニー・ロー・ビアンコ サル・ボカ
マルセル・ボズフィ ピエール・ニコリ
フレデリック・ド・パスカル アンリ・デヴロー

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またこの年の作品ノミネートは

□ 時計じかけのオレンジ
□ 屋根の上のバイオリン弾き
□ ラスト・ショー
□ ニコライとアレクサンドラ

私が推薦する古典映画も
 よければクリックしてください。ここからリストページにご案内いたします

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■ 発行者: 須久 凛



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不都合な真実ゴアは主演賞

不都合な真実 ゴア批判

一瞬アメリカ大統領になった、アル・ゴアはブッシュ大統領にとって不都合な真実ですね。

「不都合な真実」は三点を指摘します。地球温暖化は本当だ。将来は壊滅的な状況になるぞ。

それについて考えるのが私達の最優先事項になるんだ。しかし映画のプロデューサーには不都合な話ですが、正しいのは最初の一つだけです。

多くの影響力ある人たちが地球温暖化の存在さえ否定している国において、ゴアがこうした流れに逆らっていくのはなかなか良いことです。

ですが彼の終末論的な主張は多くが事実と著しく異なっています。

しかし一番大きな誤りは、地球温暖化の問題を認識したからには、人類はそれに対して行動すべきである、道徳的要請があると主張しているところです。」

不都合な真実がアカデミー賞を受賞したとたんこんな批判が出てきます。

当然のことです

でも、なんと的外れなことを書いているな、と映画を見終わった私には思えました。

むしろ、こんな映画だけでなくゴアの主張が「不都合」な陣営の主張だろうと思います。

この映画、アル・ゴアの意図は、地球温暖化を分かりやすいテーマにして、環境問題というどうしても避けられない今日的問題の提起なんですね。


賢明なあなたにはよくお分かりだと思います。

なんかちょっと真面目になってしまって、面白くないですね。
今日はお許しください、また次は映画の内容をちゃんと書きたいと思います。

今日は、ゴアが言うように、
あなたにぜひこの映画をごらんいただくようお勧めいたします。


やはり必読の書でしょう不都合な真実

シニアの今日的映画論

アカデミー賞今年の主役はドキュメント

アカデミー賞に環境問題が主役

「不都合な真実」このタイトルコピーはすばらしい





「ゴア氏が地球温暖化防止への取り組みを訴えるドキュメンタリー映画「不都合な真実」(デイビス・グッゲンハイム監督)は、長編ドキュメンタリー賞と主題歌賞を受賞。監督とともに授賞式の壇上に上ったゴア氏が地球温暖化は政治問題ではなく、倫理の問題だ」と訴えた。


 さらに、主題歌を歌ったメリッサ・エスリッジさんが、「地球のことを心配するのは共和党であろうと民主党であろうと一緒だとゴア氏は気付かせてくれた」と述べると、会場から大きな拍手がわき起こった。]


 「ただし、「政治問題ではない」とゴア氏が強調するのは、実際には環境問題が極めて党派的な問題であり続けていることの裏返しでもある。2000年の大統領選で接戦を演じた相手のブッシュ現大統領は、就任後京都議定書から離脱。「不都合な真実」に対しても、根強い反発が保守層に残り、米国では一部で上映反対の動きなども起きている。」


不都合な真実を突きつけられる、これは愉快ではないが、真実は知りたい

環境問題に正面から突き詰める、ゴア(元民主党大統領候補)氏が本気だということが伝わる。

菊池凛子の助演賞、硫黄島空の手紙の作品賞

などにも注目しましたが、

テレビで見る限り、今年のアカデミー賞の主役は

地味な環境問題「不都合な真実」でした。

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